気遣いと心配り #95

こんにちは、松岡千里です。
花咲ライフやビジョン心理学で使われる、言葉や考え方について、書いていきたいと思います。

#93のブログで
心配りということについて
少し書きました。

今回は
「心配り」と「気遣い」
について、
私の考えを書いてみます。

私は「気遣い」のできる人であり、
「気遣い」できる人であり続けたい
と思っていました。
「気遣い」をすることで
とても人には喜ばれたし、
自分でも自分に満足していました。

一方で気遣いは
とても疲れるもの
とも思っていました。
ヘトヘトになるし
ストレスを感じるし
自分が小さくなっている感じがするし。
それも気遣いの内に含まれると
思ってましたが、
すこし鬱状態な様になってしまいました。
それでも私は
「気遣い」ができる人
にこだわっていました。
「気遣いができる私」
い続けたかったのです。

少し言葉の認識の仕方の話に
なってしまうかもしれませんが、
私の認識では
「気遣い」には
不安や懸念に対しても
神経を使って
相手に何かをしたり、
言ったりして
気にかけていること
という意味が含まれていました。

しなくてはならない
するべき
という要素も半分以上あり、
それが疲れやストレスの原因に
なってしまっていました。

そんな時、
同じ様な意味だと思っていた
「心配り」
という言葉を知りました。
(知っていましたが(笑)、意味について深く知る機会がありました。)
心配りは
気遣いと同じような
意味なのかもしれませんが、
私にとっては違いました。
なんか、
不安や懸念からの
しなければならない
するべき
の要素がずっと少なく
私がしてあげたい
やりたい!
と思う要素がほとんどなのです。

ビジョン心理学の言葉を使うと
恐れからではなく、
愛からの要素です。

それから
私は
「心配り」のできる人
に変えてみました。
すると
これまで悩みだった
ストレスや疲れがグッと少なくなり
楽しい時間が増えるように
なりました。

嘘のような話に聞こえるかもしれませんが、
私にとってはそんな体験です。

また、
気遣いの人をしていた時は
心理的には
相手の為ではなく、
自分の為にやっていた
ということも
よくわかるようになりました。

気遣いから心配りに
置き換えただけではなく、
その時期は
心についてたくさん学んでいたので、
そんなことの影響もあってだと思います。

自分の心に触れながら
自分のことをもっと大事にして、
自分の才能をもっと見つけていくと、
心配りもできます。
また、
自分のことがわかり
自分の才能を見つけることができる人は
他の人の才能もどんどん見つけていけますよ。
そうするともっと良い心配りができるのだと思います。

言葉の意味の認識の違いなので
えー違うよー
などの、ご意見があるかと思いますが
私のちょっとした変化の話でした。

心を意識することは人生を楽しくしてくれます。
花咲ライフは「心」を大切にし、相手の輝きと共に自分の輝きを増すお手伝いをしています。

0コメント

  • 1000 / 1000